三草五理

Side Story

小説をのせてます。あなたが好きな作品の設定変更や他人の妄想に嫌悪感を感じる方はご遠慮ください。

小説の要素はたった3つ。話をA地点からB地点、そして大団円のZ地点へ運ぶ叙述。読者に実感を与える描写。登場人物を血の通った存在にする会話である。―スティーブンキング―

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★小人が話した大きな館の講義模様
★久遠と悪霊_considerate of other family members(鋭意執筆中)
   プロローグ
   小さな珍客
   目覚めは見知らぬ天井から
   一つが三つで、三つが二つ
   近づきたくない所
   小さな流れに小さな渦
   枯れた花
   外来人
next chapter coming soon..
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【小人が話した大きな館の講義模様】

まずはこのページの絵をごらんなさい。 この絵が何を表しているか そんなことはさほど重要ではありません。 ただし、この絵はある重要なメッセージを一つだけ伝えようとしています。 え?言っていることがおかしい??…そうですね。 私が言っていることは正確ではありませんねメッセージは一つだけではありません。 え?そこじゃない? うーん…。あぁ。重要じゃないのに重要だと言ったことが気に食わないのですね。 ええ、確かにそうですね。では、重要ではないのに重要とはどういうことでしょう? 矛盾しているとか嘘をついているとか考え方はいくつかありますが… え?もういい?絵の話を続けろ?そうですね。失礼しました。 また話が反れてしまいそうになりましたね。私の悪い癖です。 そういえばこの間も近所にいた…なんていいましたっけ…ほら、あの 緑髪の綺麗な娘で、よくあなたと喧嘩してた…え? あぁ、はいはい。冗談ですよ。わざとですよ。忘れてなんかいませんよ。 そういえばこの絵の女性、彼女に似てますねぇ… え?全く似てない?そうですか?似てると思いますけどねぇ髪が緑色だし… はいはい。分かってますって。えーと…そうそうこの絵のメッセージでしたね。 ではあなたはこの絵を見て何を感じます? …うん、はい……そう…そうですね…… なるほどそうですか、あなたは本当に魔女の才能がありませんねぇ… あきらめた方がいいかもしれませんよ。はいはい冗談です。 そんなに怒らないで…ね? 魔女になりたいならばせめてこの絵に呼ばれるようになってください。 あなたは至って普通です。なんの変化もない。でもそれでは困るんです。 え?なんです?絵に呼ばれるとは何か?誰が困るか? あなたねぇ少しは自分で考えてください。私が答えづらいでしょう。ウフフ… え?気持ち悪い?失礼ですねぇ…師に向かって気持ち悪いなんて普通言いませんよ。 まあ、よく言われますけど…そんなことより話聞きたくないんですか? よろしい。では一つずつ答えていきましょう。 まず、絵に呼ばれるですね。この間やりましたよ。 私の話聞いてました?え?聞いたけど忘れた?それは聞いてないこととどう違うのでしょう。 分かりました。ヒントあげましょう。この間呼んだ魔術書覚えてます? 地の魔法 第五章 意識と無意識の間における不変の意味に関する考察 を思い出してください。 そしてもう一つ。誰が困るか。私もそしてあなたもです。どうしてって? 今何をしていますか?私は漫談をしているわけではありませんよ? そう、そう。分かっているじゃないですか。 あなたは変化を起こす者になりたいということで私の元に来たのでしたよね? 不変では困るんです。 …え?そんなこと言ってない? いいえ。あなたは確かにそう言ったのです。私の元を尋ねてくる人は皆そうなんです。 例外は彼女だけでしたね。彼女は…なんというか、そのー… はいはい。分かりましたよ。そんなに疲れた顔しないで。 またあなたが癇癪と起こす前に話しを進めましょうか。フフ… …いいえ、なんでもありませんよ。話を聞きたいのでしょう? あなたは本当にひねくれていますね。まるで誰かさんみたいです。 では、この絵の構成要素を考えて見ましょうか。 黒い悪魔、月を模した杖、女性、魔方陣、杯、髑髏、…… あなた本当に才能ありませんねぇ。あきらめませんか?…嫌?そうですか。分かりました。 でも少なくとも生命を囲っている間は無理な気がします。 この絵が最初にあなたに語りかけてきたことは何ですか? あー分かってます。黒い悪魔ですね。 どうして分かったか?それはあなたが最初に言ったからですよ。どうです?あたってるでしょう? …え?違う?この本カビ臭い…と …なるほど、この本古いですからねぇ…まぁいいでしょう。今日はこれまでにしましょう。 え?ええと、まあそれでいいんですよ。合ってます。はい?意味が分からない?ちゃんと解説しろ? 本当にあなたって人は乱暴ですねぇ…少しは自分で考えるということをですねぇ… はいはい。解説しますよ。私が倒れたら疑問解決しませんよー。 わかったら、そのイス降ろしませんか?ええ、落ち着いて。 はい。たとえば仮に仮にですよ、あなたが魔女になって今日のことを本に記し 魔術書として残したとしましょう。ただ残念ながらその魔導書には 今日私が伝えたことはほとんど残りません。 別にあなたの理解力や文筆能力を疑っているわけではありませんよ。 あなたは人一倍頭がいい。理解力もある文筆能力も在ります。ただ、魔女ではない。 つまり私が言いたいことは魔女は人から手取り足取り学ばないのです。同様に書物からも学びません。 むしろ学べません。それはワイズマンです。 いやちょっと違いますが…まあともかくあなたは魔女になりたい、 つまり森羅万象から力を借りなにかしらの変化を起こす者でありたいと望みました。 違いが分かります?あー分かりました。馬鹿にしているわけではありませんって! 全く!あなたは魔女になるよりもっと先に身に着けるべきことがあるように思えますがねぇ。 では最後に聞きましょう。これが最後ですよ。もう引き伸ばすことはしません。 もう一度よくこの絵を見てください。見ました? ではこの絵に込めらている重要なメッセージとは何でしょう? これが分からないならあなたは魔女になることをあきらめてもらいます。 いいですね?あぁ。今答えなくて結構です。 レポートにまとめておいて下さい。今度見ます。私はしばらく用事で留守にしますので。 いいですね。次にユールの季節が歌われるときまでにお願いしますよ。 ええ。時間はたっぷりありますので。この意味は分かりますね? …よろしい。回帰の歌があなたに歌われないことを切に願います。では。

【久遠と悪霊_considerate of other family members】
■プロローグ

パラパラパラ… 幻想郷にも雨は降る。 人と妖怪が共存するこの楽園にも雨は降る。 紫陽花の色が深まるころに雨が降る。 梅雨。梅雨は暑い暑い夏を迎える儀式である。 儀式が終われば森羅万象の成長を象徴する夏が訪れる。 夏が訪れる前に幻想郷に住まう者達は生命そのものである水を蓄える。成長する為に。 だから梅雨は訪れる。梅雨が訪れなければ夏は来ない。成長はできない。 また、雨は何かを連れてきて同時に何かを連れていく。 成長と可能性。 肥沃な土壌と家畜。 幼子と男… パラパラパラ… 傘を使って雨が音を奏でる。 博麗神社へと続く階段の下に傘をさした男が立っている。 歳は三十あたり。中肉中背。長身。顎髭。波打った髪。 少し疲れた顔をしているが眼には力が残っている。 左手に傘を持ち、もう片方の手には眠った幼子を抱いている。 幼子は温かそうな毛布に包まれただ眠っている。 幼子を見つめた後、男はひとつひとつ階段をのぼり始める。 階段の中ほどで足がとまり傘が持ち上がる。 この先に建っているであろう博麗神社の方向を見上げる。 男の位置からはまだ神社は見えない。 「少しも変わらない」 男は思う。ここに来ると子供の頃に戻ったような感覚に陥る。十何年ぶりだろうか。 まだアレは元気にしているのだろうか。 感慨に耽っていた自分を自嘲し、幼子を抱え直すと再び階段をのぼり始める。 幼子は眠ったまま。男は階段をのぼる。 パラパラパラ… パラパラ 雨は何かを連れてきて何かを連れていく。 この雨もおなじ。 何かを連れてきて何かを連れていく。 パラパラパラ… …… …

■小さな珍客

「いつからウチは託児所になったのかしら」 開口一番、夢と伝統を保守する巫女こと博麗久遠は思う。視線の先にはおだやかに眠る幼子がいる。 今朝早く自身の清めを終え、境内の掃除をするために出てきたところだ。 境内には昨日の雨のにおいが強く残っていた。 久遠は生命が活動を開始する日がまだ上りきらないこの時間帯が好きだった。 この時間帯に身を置くことで、自身が一つの生命であることが確認できるからだ。 群青色の空が次第に白く染まり山の間から朝日がのぞく。 これからみんなと一緒に何かを始めるんだという感覚を好んだ。若い時からずっとそうだ。 その感覚は今でも変わらない。自分を確認するための一つの大事な儀式であった。 私はここにいる。 雨雲は少し残っていたが雨は止んだので早く掃除を終わらせ 洗濯物を干し、里への買い出しを等と頭の中で一日の予定を組み立てていた。 さて掃除を開始しようと境内を見回すと拝殿の正面に普段は見慣れないなにかが置いてある。 怪訝に思いながら確認すると白い毛布で何かが包まれていることが見て取れる。 中は人の子であった。 4、5歳くらいであろう。黒髪でおかっぱ。ほおずきのような赤い頬をしている可愛らしい女の子である。 ただ寒くないよう毛布に包まった幼子はふてぶてしさを感じさせるように眠っている。 久遠はそれが気に食わなかった。 久遠の機嫌はあまりよくなかった。 今朝清めで全身にかぶった水が今更体の熱を奪うよう思えてきた。 最近雨続きで洗濯物が乾かないということもある。 昔からよく絡んでくる悪霊のせいで風邪を引きまだ完治していないこともある。 だが、一番の理由は子捨てだと思ったからだ。 過去に何度か赤子を神社に捨てに来る不届き者がいた。 これまでは博麗の巫女特有のするどい勘で犯行現場をおさえ説教と供に子供を連れて帰るように説得を試みてきた。 しかし、今回は勘が働かず現場をおさえることができなかった。 風邪を引いていたからかもしれない。治りかけは勘が働かない。 そう自分を納得させ久遠は目の前の現実に向き合おうとした。 「でも、少し大きいわね」 これまでの経験から子を捨てる親は産まれたばかりの赤ん坊を連れてくることが多かった。 彼らの事情は様々であったが同情をしたことがない。それに赤ん坊を神社に置くわけにはいかなかった。 なぜなら彼らが考えるより神社は危険だからだ。 妖怪退治を生業としていることもあり神社をよく思っていない妖怪は多い。 寝込みを襲われることもよくある。出かけている最中に神社を壊されたこともある。 そんな危険な場所に普通の子供を置くことなどできはしない。 子供の身を考えるならよく考え直すよう親を説得するのだ。 それでも説得に応じない者にはこう告げた。 子供の存在が邪魔なら自分で殺せ、死体は妖怪が始末してくれる。それを見届けることが産んだ者の責任である、と。 そう告げると大抵の者は顔が青ざめる。 そして、鬼を見るような眼で罵詈雑言を浴びせながら去っていく。 巫女に対する悪い噂が立ったこともあったが、 里との関係が完全に切れていないことからお互いの関係を壊すような要因には至らなかった。 里の人がいなければ神社の経営は成り立たない。 巫女がいなければ里は妖怪の危険にさらされる。 お互いの依存関係が簡単に壊れることない。 「もしかして家出かしら」 思考を再開し口にすることで嫌な記憶を強制的に排除する。そして改めて目の前の娘に意識を向ける。 迷子という考えも浮かんだが、毛布に包まっていることから事前に準備してきたことが分かる。計画的だ。 家出の方が子捨てよりはしっくりくる解答だった。 この娘は夜中の間に行くあてもなく森をさまよった。妖怪にも会わず運よく神社に辿りついた。 けれど疲れて眠ってしまった。 そんなところだろう。 いささか疑問に残るところもあるが目の前のみの虫と化した娘を社務所に運ぶことにした。ここでは風邪を引く。 「長雨が子供を連れてきた…か」 久遠は空を見上げそうつぶやくと見知らぬ娘を両手に抱え社務所へと引きずった。 …… …

■目覚めは見知らぬ天井から

名も知らぬ娘が起きたのは太陽が頂上にのぼりきる少し前だった。 「おはよう。お寝坊さん。よく眠れたようね」 女性の声が聞こえた。 「……??」 意識が急激に外へ引っ張り出される。明るい日差し。見知らぬ天井。御香の香りが鼻の奥に浸透する。 起き上がることが怖かったが,再び声をかけられた。恐る恐る起き上がってあたりを見回してみる。 視界に飛び込んできたのは知らない女性だった。 縁側でお茶を飲んでいる。紅白の衣装。巫女の格好だ。 母と同じ位の年齢だろうか。それよりもここはどこだろう。どうして私はここにいるのだろう。この人は誰だろう。 分からない疑問ばかりが沸いてきて、不安でたまらなくなった。 娘は女性に視線を向けたまま何も言えなくなる。どうしていいか分からない。 蒲団で顔を半分隠し相手の様子をうかがう。 巫女の女性は静かにこちらを見つめている。女性の頬が少し緩んだ様な気がした。 「ここがどこだか分かる」 女性は湯のみを置きながらゆっくりとした口調で問いかけてきた。 話しかけられたことが恥ずかしくて娘は思わず首を振る。 少し首を振りすぎたかもしれない。相手にヘンに思われていそうでまた不安になった。 「そう、まあいいわ。起きたなら布団をたたんで頂戴。出かけるわよ」 「どこに」 女性は淡々として口調で言う。自分が誰でここはどこなのか娘を安心させることもしない。 目の前の女性は怪訝な顔をした。間をおいて返答がきた。 「あなたが住んでるところ。あなた神社の前で寝ていたのよ。どうしてあんなところにいたの」 「じんじゃ」 「そう、博麗神社」 どうやらここは博麗神社らしいことがれいむには理解できた。 同時に妖怪に攫われたわけではないことが分かり安堵する。 そうするとこの人は博麗の巫女だろうかという予想もできた。 「あなた名前は」 「…れいむ」 「そう、れいむというの。私は久遠。博麗久遠」 「あっ、しってる!とってもつよいんだよね」 れいむは始め恥ずかしそうに答えたが、久遠の名を聞くと態度が変わった。 里では幼い子供でも博麗の巫女は有名なようだと久遠は思った。 れいむは身ぶり手振りを混ぜながらはしゃいだ様子で言う。 久遠はふと思う。ここ数年間は大きな事件を解決した覚えはない。 おそらく若い頃の武勇伝を知っている人がいるのだろう。 その人物が、れいむに博麗の巫女の武勇伝を語ったのかもしれない。 「お空!お空飛べるんだよね!お札で妖怪だって退治するんだよね!それから、それから!」 それにしても、先程までのしおらしさはどこにいったのだろう。 久遠はそんなことを思い、この娘が少し微笑ましく思えた。 自分の武勇伝を語られて悪い気はしない。それが愛らしい女の子ならばなおさらだ。 「いきおくれなんだよね」 叩いておいた。 この娘の親はれいむによい教育をしていないことが分かる。 別に人生を添いとげる伴侶がいないことに対してコンプレックスを抱いているわけではない。 しかし、人に対して言ってはいけない言葉、言ってよい言葉、どうでもよい言葉がある。 この娘にそれらを分からせることは大人の義務である。叱ることも、時には手をあげることも必要である。 この場には久遠を除いて他に大人がいなかった。それだけだ。 久遠は急須を載せたお盆を持ち台所へ向かった。 叩かれた頭をおさえ半泣きのれいむが見えた。しかし、罪悪感に苛まれることはなかった。 当然のことをしたまでだ。 台所で火を入れる。れいむのために粥を温める。きっとあの娘も腹をすかしているだろう。 人のために飯を作る。何年ぶりだろうか。 物思いにふけっていると,あの娘は昨日をどう過ごしたのだろうか。今更そんな疑問が沸いた。 昨日の夜は雨だったはずだ。境内に水溜りがいくつか残っていたし、夜に雨音を耳にしながら床についた。 不思議なことにれいむを包んでいた毛布は、今朝ほとんど塗れていなかった。 後で拝殿を確認したが、雨を凌げる傘も蓑もなかった。 れいむは雨に塗れずに、どうやってここまで来たのか。まさか妖怪変化ではあるまい。 久遠は突如沸いた疑問を残したまま、食器を抱えて戻る。 いきなり叩かれたことにめげず、れいむが蒲団を畳んでいる。先の言葉を覚えていたようだ。 しかし、自分の身長よりも大きく重い蒲団を畳むことに難儀しており、蒲団と戯れているようにしか見えない。 ひとまず、浮かんだ疑問は置いておくことにした。 蒲団と戯れているれいむを見ると、先の疑問はどうでもよくなった。蒲団は自分で畳む方が効率よい。 それに、せっかくの粥が冷めてしまう。 「私がやっておくわ。あなたは井戸で顔を洗ってきなさい」 「は、はい」 指を指した方向へれいむが駆けていく。慌てて縁側で草履をつっかけ損ねた。 めげずに起き上がり左右を見回し、井戸がある方へ向かった。 久遠の呆れた様子を見て、れいむはむず痒い思いでいた。 ただ、久遠は怖い人ではあるが、悪い人ではないようだ。 自分を家まで送ってくれると言い。 台所で飯の用意もしてくれていたようだ。そういえばお腹もすいてきた。 それに巫女は空を飛ぶのだ。もしかしたら始めて見れるかもしれない。 ひょっとすると背に乗せて飛んでくれるかもしれない。 そんな短絡的な考えで、れいむは少し気分が向上してきた。 井戸の水を桶に移し、手を浸す。水は冷たく気持ちがよかった。 顔を洗い終えると手拭いを持った久遠が無表情でこちらを見つめていた。 「顔を洗ったら、いらっしゃい」 久遠は手拭いをれいむに手渡すと、奥へ引っ込んでしまった。 母ではないが、誰かに似ている。れいむはそう感じた。 手元の手拭いからは日差しの匂いがした。 …… …

■一つが三つで、三つが二つ

「ねぇ、藍。どうして弾幕は美しいかご存じ?」 導師服に身を包んだ紅い少女が白面金毛の少女に問いかける。 その姿は全身を返り血で赤く染め上げている。数刻前の惨事によるものだ。 強い風が少女達の髪を弄ぶ。少女達はソレに関心がない。死屍累々とした周囲の光景にも関心がない。 藍と呼ばれた少女は、主の姿を戦場に咲いた一輪の花のようだと感じた。 藍の主である目の前の少女『八雲 紫』が自ら手を下すことは珍しい。 普段なら式である藍に命ずるか、紫本人が望む結果となるよう導いていく。 冬眠から目覚めてまだ寝ぼけているのだろうか。 「はい。それは術者が弾幕に意味を与えるからです」 「正解。流石は私の式ね」 「ありがとうございます」 紫の微笑に藍は礼で答えた。 「でもね、時々思うの。…若い妖怪や人間は、目的や結果が見えないと行動しないわ。あなたもそう…。 けれど、妖怪や人間がこの二つを放棄出来たとすると、とても美しい弾幕を組めると思わない? 意味を持たないルール。何々のためにという大義名分は実に邪魔っけよね」 「紫様がおっしゃることは難解です。常々紫様はルールがあるからこそ美しい、 そうおっしゃっていたではありませんか」 「だから言ってるじゃない。時々思う時があるって」 先程までの艶やかな印象は消え、頬を膨らませ容姿相応の愛らしさで反論する。 「フフン…あなたもまだまだね。整然としていないと理解できない。 あなたに分かり易いようもう一つの物語を紡ぎましょう。藍、手伝って頂戴」 「かしこまりました。では夕飯の買い出しの後に」 「その前にココ片づけておいてね」 「…はい」 紫は何もない空間へと消えた。 藍は数刻前まで妖怪だったモノ達を効率よく片づける計算を始めた。 * 「ああぁ!もうっ!なんだってのよ!!」 蒼い悪霊は悪態をついた。魔術要素の入った青いローブに身を包んだ悪霊が、長い緑髪をしきりに弄っている。 悪霊の名は『魅魔』という。彼女は数年前幻想郷にやって来た。 東洋の秘宝『陰陽玉』を奪うため博麗神社を襲ったが、博麗の巫女に阻まれその結果惨敗した。 その時に対峙した博麗の巫女が博麗久遠である。 当時の久遠は理不尽なほど強く幻想郷に敵無しと言われ、里の人々や妖怪達からは畏怖の念を抱かれていた。 そんな久遠を相手に魅魔は一向に目的が達成できず、気が付くと数年の時を幻想郷で過ごしていた。 未だに陰陽玉を狙っているつもりらしいが、傍から見ると悪友そのものである。 先日も神社の水屋の奥に隠してあった東洋の神秘『吉蔵の饅頭』を拝借していたところを久遠に見つかった。 それを阻止しようとした久遠が熱々の餅を投げつけ二人の間で口論が始まった。 頭に血が昇った魅魔が神社の裏にある池の水を久遠へ浴びせたことをきっかけに弾幕戦へと移行した。 もちろん本気になった博麗の巫女に敵わず魅魔は封滅寸前まで追い込まれた。 しばらくの間、療養を余儀なくされる。 十分に休んだ後、自慢の髪に違和感があることに気が付いた。餅は髪についたままだったのである。 「行き遅れの紅白巫女め。ちょっと饅頭つまんだからってよく変わらん術かけやがって! 大体なんだ何だこの白くてべたべたする物質は」 「吉蔵の饅頭は久遠殿のお気に入りですからな。それから魅魔殿、それはただの餅ですじゃ」 そばにいる妖怪亀が冷静に助言する。それが魅魔の反感を買った。 「うるさい!ただの餅が私の髪にへばりつくものか!きっと事前に対策してたんだ。 しかもこんなみみっちい嫌がらせをぉ」 「確かに食べ物を粗末にするのはよくありませんな」 魅魔は半泣きになりながら髪を弄り、玄爺の言葉にジロリと睨みをきかせる。 「おい、玄爺。あいつの弱み、何か知らないか」 髪を弄りつつ、忌々しげに問いかける。 「…主人の弱みを敵に売る式がどこにありましょうや」 「誰のおかげで今のお前があると思ってる」 「もちろん久遠殿のおかげですじゃ」 「いいか玄爺。私のいた国では亀鍋という料理があってだな、昔は甲羅を鍋がわりにして大勢で囲んだものだ」 「また、でまかせを…」 「いいや本当さ、ほとんどの者は貧しかったからな…そうだ、あいつの家族はどうしてる?」 「家族?…存じ上げませんな」 「本当か?よく思い出せ」 「むぅ、…そういえば兄が一人いると聞いたことが」 「兄?私は聞いたことないぞ」 「それはそうでしょう。何か揉め事があったそうで余り人に話したがりませんからな。  久遠殿が巫女をやっているのもそのことに関係があるとかないとか…まさか魅魔殿」 「ふふん。お兄さんが一人、揉め事ねぇ…」 口が三日月の形にひん曲がっている。魅魔は一人意地の悪い笑みを浮かべた。 玄爺は自分の口の軽さと魅魔の先の運命を見遣って嘆息をついた。 * 「何を言っておる。お前さんの姪ではないか」 久遠はそのまま回れ右をし扉から表へと足を踏み出した。 ここは人里で一番顔が広い人物の住居である。里に住んでいる者は誰もが知っている。 物知りで里の人達からは『しり爺』、『しりかけ大将』というあだ名で親しまれている。 非常に物知りであること、若い頃によく女子の尻を追いかけまわしていたことに由来している。 顔の広さで言えば白沢の娘もしり爺に引けをとらないし人望もあり能力も使える。 ただ、頭が固いことで有名であった。 久遠は白沢の娘に苦手意識を持っており、先に『しり爺』を訪ねることにした。 里の人は『しり爺』によく相談にやって来る。 今回も久遠の前に相談や雑談をするために数名いたが、待たされることなく面会できた。 ここに来れば何かれいむのことが分かるはずだ。 しり爺にれいむを引き合わせると、案の定れいむを知っていた。 どこの娘かと問えば久遠の姪だという。 心あたりは一つしかなかった。 「全く最近の若いもんは人の話を聞きやせんのう」 「聞きやせんのう」 しり爺は自分の口調を真似たれいむを見て破顔した。 しり爺宅を出る時に何か聞こえた気がしたが、久遠は頭に血が上りはっきり聞きとれなかった。 道行く人々が鬼の形相をした巫女に視線を送っている。 久遠本人はそれに全く気付く様子もなく、記憶にある住居へ道筋を進む。 「あ、すいません」 「…」 角を曲がった所で女子にぶつかった。導師服を着た妖狐であることが一目でわかる。 以前何度か見かけたことがある。八雲紫の式だったはずだ。 彼女は買い出しの途中なのか両手に買い物袋を抱えている。 「失礼します」 「待ちなさい」 傍を通りすぎようとした藍の動きが止まる。 久遠は頭の芯がちりちりとたてる音を聞いた。 「何か?」 「あなた…」 頭の中で警鐘音が鳴り響き、思考と肢体が臨戦態勢に切り替わる。 ゆっくりと藍を視野におさめ、動きやすい間へと身体を移す。 予想される相手の行動を3手先までシミュレートしていく。 「…血の匂いがするわね。ここに来る前は何をしていたの」 藍の瞳をとらえ、久遠は因縁を叩きつける。 次第に膨れていく緊迫感に堪え切れず、間の空気が悲鳴を上げ始める。 「お魚をさばいていたのでそのためかと。最近家に来る子がお魚大好きなんですよ」 藍はにっこりと笑い久遠の因縁を受け流した。 緊迫感が霧散していく。悲鳴を上げていた空気があるべき位置へと帰っていく。 (私は何に気張っているのか) 「…そう」 「いえ、もうよろしいですか」 「…ええ。悪かったわね」 「いいえ。それでは」 藍が去り姿が見えなくなる。 「血の気が多いのはまだ若い証拠よね…」 久遠は胸に手をあて自分の中で燻る闘争心を客観的に見つめた。 * 角を曲がった藍は額の汗をぬぐう。まさか博麗の巫女に会うとは想定していなかった。 "紫様。たった今博麗の巫女と接触しました" "そう。虐められなかった?" "いえ、因縁はつけられましたが特にこれといって" "くすくす、あらそう。あの子もまだそんな所が残っているのね。ところで今日の夕飯はなあに?" "お野菜たっぷりのどんこ汁です。栄養も豊富なんですよ" "最近魚が多いわね、誰の影響かしら" "…えっと、それは" "ふふ、早く帰ってきてね、楽しみにしてるわ" "了解しました。すぐに戻ります" 買い出しの報告になってしまった。紫様にとって博麗の巫女は重要な要素ではなかったのだろうか。 藍は自分の報告を顧みつつ家路を急いだ。

■近づきたくない所

* 「ここがそうです」 「ありがとう」 白沢が戸を開け、久遠は中へ入った。 妖狐と別れた後、久遠は記憶にある兄の住居を訪ねた。しかし、そこに兄夫妻の姿はなかった。 近所に住む人の話ではだいぶ前に引っ越したらしい。転居先を聞いてみたが知らないと言う。 久遠は迷った挙句、白沢を訪ねた。今更失態をさらしてしまったしり爺宅へ戻る気が起きなかったのだ。 簡単に事情を話すと白沢は思ったより素直に動いてくれた。 「兄妹が会うことはよいことです。ずっと連絡を取っていなかったのでしょう」 久遠は白沢のへんなところで情に厚いところが気に食わなかった。 対象が自分であることも気に食わなかった。 自分より年上のはずなのに若い外見も気に食わなかった。 「思ったとおり汚い部屋ね、夫人は何をしていたのかしら」 「ご存知ないのですか。二月ほど前に亡くなりました」 白沢からは意外な返答が帰ってきた。 久遠は眉間にしわを寄せた。そんなこと初耳だった。 白沢は影のさした顔を背けて続ける。 「妖怪に襲われたんです。運ばれて来たときはもう手遅れで…どうして夜中に里の外に出たのか」 夜は妖怪の時間である。 妖怪に襲われる時間帯なのは子供でも知っている。夜なら里に見張りもいるだろう。 こっそり里から出ようとしても誰かの目にとまるはずだ。ふらふらと里の外に出られるとは考えにくい。 「見張りはいたのでしょう」 「ええ、誰も気付かなかったと。か、庇う訳ではありませんが、決して不真面目な者達ではありません」 白沢は狼狽した。久遠が言葉の棘を隠さなかったためだ。 見張りの者達も白沢も悪くない。妖怪は人を喰らい、人は妖怪を退治する。幻想郷の理だ。 頭では分かっている。白沢も懸命に調査をしたはずだ。同じことを見張りに対して投げかけたかもしれない。 しかし、態度を表に出さずにはいられない。 夫人と特別に仲が良かったわけではないが、悪くも思ってなかった。 兄が結婚する際も自分なりに認め祝福もしたし、時々神社を訪れた時は世間話に華を咲かせた。 悪い人ではなかった。ただ…‥ 「その、もし良ろしければ…」 「案内してくれたのにごめんなさいね。少しここで頭を冷やしてみるわ」 「は、はい。分かりました。私は仕事に戻ります。何かあれば声をかけてください」 狼狽した白沢を見て少し冷静になれた。久遠は白沢に詫びを入れ、白沢はお辞儀をして仕事場へと戻っていった。 白沢が去った後、久遠は部屋にあがり改めて周囲を見回してみた。物が少なく生活感があまり無い。 夫人の名が記された白木の位牌が置かれている。 「ちゃんとした位牌を用意してあげなきゃ」 目を巡らせると机の上にあった紙が目にとまった。 何気なしに紙束を取り上げる。妖怪退治に使う道具の納品書だ。 内容は破魔札、退魔針など一般的なものだが、怪訝に思う記載を見つけた。 数量が異常に多い。 里で妖怪退治を生業としている者は少なからずいる。その者達を集めてもこれほどの量を必要とするだろうか。 小売店でも始めようとしていたのか、妖怪の山にでも喧嘩を売るつもりだったのか。 納品書から目を離すともう一つ疑問が浮かんだ。 「子供用の着物がない」 夫人の着物なら思い出すとつらいからという理由で処分したと言われても納得できる。 夫人の他界が二ヶ月前なら、その後兄とれいむは二人で暮らしていたはずだ。 神社でれいむを見つけた時、衣類等の荷物などは無かった。しかしここにはれいむの着替えがない。 すでに処分したのだろうか。 変だ。家を空けがちな本業で、幼子を抱えての生活は苦労しただろう。 人生の伴侶を失った悲しみと幼子二人の苦しい生活に嫌気が差し、私にれいむを預けて逃げたとも考えたが、それはあまりにも安直に思えた。 腑に落ちない。どうしても引っかかる。どこかおかしい。ならばどこがおかしいのか。 「…ふぅ」 深呼吸をして思考を再開させる。 兄にとって夫人を失った悲しみは大きかった。れいむは二人の間に授かった大事な子供だ。 仮に生活が厳しくても仕事の間は近所の人や白沢に預けるなど多少なりとも負担を軽減する方法はある。 兄はれいむを神社に置いて去った。近所ではなく、私にれいむを預けた? 兄は帰らないつもりではないか。 2、3日家を空けるくらいなら近所の人に預けるだけで済む。それをわざわざ、神社まで連れてきたのだ。 後押しするように、次々と疑問が沸いてきた。 どうして夫人は夜中に里の外に出たのか。 どうして見張りは夫人に気が付かなかったのか。 どうして私は夫人の死を二ヶ月も知らなかったのか。 どうして兄はれいむを神社に置き去りにしたのか。 どうして私はここにいるのか。 「…」 眩暈がする。思考がままならない。視界を揺らすほど動悸が激しい。 胸の奥がずっしりと重いのに穴が空いたみたいに軽い。胸の奥からこみ上げてくる吐き気で涙目になる。 頭を押さえ、その場に蹲る。視界の隅に細い光が浮かんでは消える。 歌が聞こえる。表から子供達の歌う声が聞こえる。 次第に落ちていく意識を自覚しながら、しり爺宅に置いてきたれいむを思い出した。 *

■小さな流れに小さな渦

「大結界反対派の残党だぁ?」 「へ、へぇ!なんでも人と妖怪が手を組んで派手にやらかす算段してるとか、うぇ」 蒼い悪霊。髪が肩の長さになった魅魔は凄みを利かせ壁に押し付けた男の首を締め上げる。 憎っくき巫女の家族関係を探ろうと最初は魔法で占った。 ところが、幻想郷は文化の違う異国であるため精霊の加護を受けにくい。 こちらの問いかけに答えてくれる精霊は殆どいなかった。 まだ信頼関係を築いていない所為なのか、ここの精霊達の自由気ままな性格の所為か、とにかく効率が悪い。 使い魔を使役するにも生者にのみ関心を持つ高位の魔はこちらの呼びかけに答えてくれない。 位が低いと応用が効かず回りくどい。融通のきく人間を捕まえると巫女や妖怪退治屋が飛んでくる。 使い魔の研究を後にした過去の自分を呪い、今回は自分で動いてみようと決めた。 不自然でない程度に姿を改め、情報収集のために人里に潜り込む。 効率よく情報を収集し、解析、久遠の弱みを把握、対策を立てた後、勝負を挑み勝利する。 自慢の髪の恨みを晴らし、ついでに陰陽玉を奪取する、、つもりだった。 ところがいざ人里に足を運んでみるとココは想定外に楽しかった。 異国の文化で溢れていおり、物珍しい品で溢れていた。 頭が痛くなるほど色鮮やかで調和が取れていないにも関わらず、 胸の奥から踊りだしたくなる気を引っ張り出す景観。 食欲を思い出させる香りを充満させ串刺しにされ炙られながらも自己主張を続ける食物。 喧嘩をふっかけるオヤジ達のがなり声とそれを囲み囃し立てる野次馬達。 魅魔にとって全てが無駄でくだらなく理解に苦しむばかりであったがそれらの魅力に取り憑かれた。 しばらく人里界隈を楽しみ、東洋の神秘の起源とも言える甘味処「吉蔵」に辿りつき 神秘の研究を一通り終えたところで敵の術中にいる自分に気がついた。 人里は幻想郷という大きな結界の核であり、外部から来た者を取り込み一部にしてしまう。 食虫植物のような存在なのだと認識を改めた。 ここで正気を保つには強い自我を持っているか、外部記憶に頼る必要がある。 一度出直すことを考えたが、認識を改めた自分なら短時間のあいだ正気を保てると自負し調査を再開した。 あまり時間をかけず欲しい情報が得られるはずだと、適当な情報屋達に声をかけ、 久遠の家族について聞き出していた。その中の一人がおかしな話を持っていた。 大結界反対派の残党が博麗の巫女を暗殺する計画を立てていると。 内容が内容なので無視できず話の本意を確かめている。 「あん?寝言は寝てから言わないと寝言にならないよ。なんで人間が大結界反対派と手を組むのさ。 人間は大結界を受け入れてたはずだ」 「た、確かに妖怪同士でイザコザが始まって人が襲われなくなりやした。 けど矛盾に気がついたヤツもいたってだけでしょう」 「矛盾?」 「大結界は妖怪の力を強めるための計画。いわば妖怪のための計画でしょ。 いずれ妖怪の勢力が人間を上回っちまう。その計画に人間の味方であるはずの巫女が同調したんだ」 「ははぁ、視野の狭い人間には巫女が自分達を騙して妖怪と何か企んでいるように見えたわけだ」 「へへっ、流石姐さん。回転が早い。も、もういいでしょう?そろそろ解放して下さいよ」 「まだだ。仮に反対派が存在したとして、所詮は烏合の衆だろ。 そいつらを束ねて行動起こしてるリーダー各は誰だ」 「だから、そ・・」 「そこで何をしている!」 凛々しい声が空気を裂いた。魅魔は舌打ちをした。傍から見ればこちらが人を襲っているように見える。 人里でイザコザを起こすのはまだ早い。今日はここまでだ。 思考を切り替え男を放すと大きく飛んだ。建物に着地することなく里の外へと向かう。 気配は一人だった。ならば追っては来ないはずだと踏んだが、視界の隅に赤髪の女が見えた。 知的な雰囲気をまとった女だが、何処と無くマヌケな雰囲気を醸し出している. 「止まれっ!聞かない時は撃ち落す!」 フッ。魅魔は笑う。確かに乱暴に見えたかもしれないが撃ち落とすはないだろう。ずいぶん好戦的な相手だ。 ともあれ日が昇っている今は分が悪い。逃げの一手だと再確認し速度を上げる。 直後魅魔の眼前を複数の青い弾が通りすぎた。威嚇だ。好戦的ではあるが実直な相手である。ならば逃げられる。 魅魔は速度を維持したまま振り向きざまに弾幕を展開する。威力を抑え派手さを強調した弾だ。 「・・っ!」 派手な破裂音と閃光に気を取られ赤髪の女の足が止まる。 今なら落とせる!逸る気を抑えこみ、赤髪の女との距離の引き離しに専念する。 今日は弾幕戦をするために人里へやって来たわけではない。 ほどなく魅魔は人里の外へと逃亡した。 * ついてねぇ。 蒼い悪霊から解放されて男はそう思った。 ここ最近ずっとそうだ。仕事がうまく回らず借金だけが増えた。 浮気もバレて女房と子供に愛想をつかされ終いには家を出て行く始末。 こんな時こそ支えあっていくのが家族じゃないのかと激情にかられたのはいつだったか。 やけになって常連の店で飲んでいると溜まりに溜まっていたツケを請求される。 その場をごまかし逃げてみれば、賭博の借金取りに遭遇する。 必死で逃げ廻って疲れた身体を縮こまらせていると幸せそうに笑う家族が目に写った。 自分はこんなにも惨めな思いをしているのに、なぜ連中はああも幸せそうなのか、 今の自分とこんなにも差があるのか。ここ数日で家族がバラバラになり、金もない。 あるのは借金と持っていても役に立たない惨めな自尊心だけ。 己の不遇を世界の理不尽さの所為にして、ちっぽけな自尊心を満たしていると声をかけられた。 借金取りかと怯えて振り返ってみれば緑髪で衣服の蒼い女が微笑んでいる。 怪しさ半分、運が向いてきたと期待する気が半分。 女は金をチラつかせ本業の客だと言い、博麗の巫女について話を聞かせて欲しいとせがんでくる。 手近な飲み屋に連れていかれお酌をされると自然とこちらの機嫌も良くなる。 まず見た目がいい。肩まで伸びた柔らかそうな緑髪、ふっくら赤みを指したほおに思わず触りたくなる唇、 軽く見上げてくる挑戦的な眼。異性を意識させる香り、思わせぶりな仕草や声、 話をよく聞いてくれ男が望んでいることを適格に返してくれる聡明さ。 一緒にいると自尊心が満たされるこの女に男は気を良くした。 先刻まで自分を取り巻いていた負の感情などはじめから存在しなかったように 調子良く聞かれたことをべらべら話した。 本業で培ってきた情報だ。時には危険な目に会い、人を担いで手に入れた情報だ、自信はあった。 そんな情報の一つ巫女の暗殺計画が持ち上がっていると話した時点で女の態度が変わった。 人気のない所でゆっくり話がしたいと誘われ店を出た。スケベ心を隠しもせず誘われるがままに裏路地へ入った。 今考えればできすぎだが、女に誘われて断る方がおかしい。 そう自分を納得させ女の肩に手を伸ばした途端強い力で吊るし上げられた。 女の力じゃない。驚きに酔いが覚める。よく見れば相手は人ではなく人外。足が無い亡霊ときた。 亡霊は寒気がする眼で自分を見つめている。眼を見ちゃいけない。取り殺される。 大体なんでこんな所に亡霊がいるんだ、なんで自分なんだ、なんで今なんだ。 人里の守護者は何をしているんだ、博麗の巫女は何をしているんだ。 こんな時にどこで油を売っている。はやくコイツを何とかしろ。 最後かもしれないという時まで他人の所為にする考えは消えなかったが、目の前の亡霊はおかしな問をしてきた。 暗殺計画について詳しく聞かせろという。えらく博麗の巫女にこだわるへんな亡霊だと思った。 余程博麗の巫女に対して恨みを持っているのだろう。 嘘をついても仕方ないし、後の報復を恐れ男は知っていることを正直に話した。 途中、間に誰かが入ってくれたお陰で事無きを得たが、亡霊と話した者は数日のうちに肝を持って行かれると聞いたことがある。誰かに相談した方が良さそうだが、肝を持っていかれるのはすぐではあるまい 今日は帰ってふて寝だと決め帰路についているところだ。 「なあ、そこのあんた」 「あぁ!なんだオメー」 男は不機嫌に答えながら、今日はよく声をかけられる日だと思った。 「俺たちのこと知ってるんだろ、まだ早いんだ、ちょっと消えててもらえないかな」 その瞬間から情報屋の一人の存在が消えた。

■枯れた花

「久遠殿。気が付かれましたか。気分はいかがですか」 ぼんやりとした世界が明確に形を成していく。最初に白沢の顔を認識した。 蝋燭の明かりが白沢の顔を薄く照らしている。日はすっかり沈んでしまっていた。 いつも難解なことを言う堅物は、まるで枯れた花でも見ているような顔をしている。 堅物でも花を愛でる気持ちを持ち合わせているのかと思うと少しおかしかった。 「良いようですね。安心しました。すぐに先生を読んできます」 どうやら顔に出ていたようだ、白沢は安堵の息を付きすぐにどこかへ消えた。 ふと思う。先生はあなたでしょう。どこに誰を呼びに行ったのだろうか。 久遠は身体を起こそうと力を入れ、全身のだるさに襲われた。 頭に雑音が入り込んできて頭を蝕む。嫌な感覚だ。前にも経験した感覚。 あぁ、止めて欲しいと願う。 瞼を閉じてじっと耐えるしかないこの感覚が嫌い。もう何度目だろうか。 全身の違和感を身体の外へ追いだそうと意識を集中させる。 いい加減いなくなれ、いつまでも私の中で何をしている。頼むから出て行け。 決して叶うことのない願いは生まれては消え、生まれては消える。 起こした身体を折り曲げて嫌な感覚に耐えていると、白沢が顔見知りの医者を連れてきた。 医者は慣れた手つきで久遠の身体を診ていく。 久遠は医者が取り出した薬湯を奪い、一気に飲み下した。薬湯の熱さでこの嫌な感覚を紛らわせるためだ。 「今はどんなです」 「・・コホッ、いつもと、同じ、、急に全身がだるくなって、、コホッ、コホッ、 それと、ハァ、頭の中の管をウジ虫が這いずり回るような、嫌な感じ」 「気付け薬を調合しましょう。少しお待ちを」 医者が箱から何か取り出し調合を始める。その間白沢は久遠に寄って来て背中をさする。 「どこか悪いのですか」 「年を取ると、色々とあるのよ。あなたが経験するのはもう少し先かしら」 久遠は自分より年上である白沢の問を適当に受け流した。話すことが嫌だった。辛いのではなく嫌だった。 他人に気を使われること、老いを認めること、弱みをみせること。全て嫌だった。 いつか来ることだと覚悟していたつもりだったが、いざ眼の前にしてみると認めたくなかった。 嫌なものは嫌だ。 枯れた花。 里の人達は影で久遠のことをそう中傷している。もちろん一部の人達だ。 久遠を慕ってくれる者も大勢いる。しかし、若い時にいくら栄華を誇っていようと、いつかは枯れる日が来る。 それは今なんだろうか。もしかしたら兄はそれを見越していたのかもしれない。 だから、兄はれいむを自分の所に預けたのかもしれない。そう思うと幻聴が聞こえてくるような気がした。 (博麗の巫女をこの子に譲って引退しろ。これは兄からの忠告だ) そんな愚かな考えが狭くて深い湖の底から這い上がってくる。それを振り払おうとして気がついた。 「いけない、れいむ」 久遠は自分の愚かさを改めて認識する。れいむをしり爺宅に置いてきたままだ。 最低だ。幼い子供、ましてや自分の姪であるれいむをこんな夜更けまで他人の家に置き去りにした。 布団を抜けだそうと再び身体に力を入れる。 「どこへ行こうというのですか!」 「姪っ子を迎えに行くの。しり爺宅に置いてきたままで、流石に迷惑でしょう」 白沢は久遠を制し咎める。負けじと久遠は白沢の大声に眉を顰めながらも目的を告げる。 白沢の頭は硬い。物理的にも理論的にも。 そのことは身にしみて理解している。面倒だが実力行使より、説得する方が早い。 また、へんに情に厚い時もある。今回はそれを利用させてもらう。 「ならば私が迎えに行きます。久遠殿はここで休まれてください」 そう言い残すと白沢は母屋を出ていった。 最低だな。久遠は誰にも聞こえぬ声でつぶやいた。遠くで誰かが私をあざ笑っている気がする。 「そんな顔をされなくても白沢殿に任せておけば安心ですよ。薬が用意できました。どうぞ。」 また、顔に出ていたらしい。医者は強い責任感から出ている表情と勘違いしたようだ。 そうではない。この顔はれいむを思う気から発した表情ではない。 自分を最低だと思うから出た表情だ。 「‥ええ、そうね。彼女に任せておけば安心ね」 周囲の都合に合わせ、自分を移していく。 薬を受け取りゆっくり嚥下する。苦味を我慢して息を付く。 「もう少し休まれていかがですか、白沢殿が戻られるまで時間がありますからな」 「…ありがとう。そうね、お言葉に甘えて少し横になるわ」 医者にはため息を付いているように見えたのだろう。 次に眼が覚めた時は身体が楽になっているはず、そうすれば心もマシになる。 そう願いながら、外界から視覚を遮断するとツギハギの安らぎが世界を支配した。 しかし、数刻後に戻って来た白沢の報告により、久遠は己の愚かさを再度認識することになる。 *

歌が聞こえる。 旅に出ようとする未熟なモノを鼓舞する歌。 --------------- あら 外へお出かけですか ならば理念を持ってお行きなさい 持っていく夢が磨り減らないように 持たされた責任に潰されないように 私は歌を贈りましょう 外界を旅するあなたに歌を贈りましょう この先は化物が蔓延る世界 狭い世界の住人は自由な世界に憧れて 広い世界の住人は桃源郷を切望する 心ゆくまで夢を見続けなさい そこに何もないと気付いたら あなたは何者でもないと気付けたら もう一度歌を歌いましょう あなたに歌を贈りましょう …と…………………なの…………か… …う --------------- この物語から十数年前の博麗神社。 小雨が降る朝、久遠は朝の日課をこなそうと境内に出ると歌声を聞いた。 久遠の記憶に該当しない歌だったが、頭の芯から背骨を通ってお腹のあたりに浸透し、波紋が広がるように手足の指先へと向かい身体の中で反芻するように何度も響いた。 久遠はしばらく耳を傾けていたが、歌い手の姿を求めて境内を見回した。 意外にも歌い手はすぐ近くにいた。 女だ。幻想郷では見慣れないデザイン、手首や足首が締まった動きやすそうな服装をしている。 魔法の森と人里の間にある偏屈な主人が経営する道具屋でそっくりな服を見た覚えがある。 「ジャージ」と言ったはずだ。 声を掛けようとしたところ、女が不思議な動作をしていることに気がついた。 変な踊りにも、両手を伸ばし見えない何かを探っているようにも見える。 久遠は女を外来人だと検討付け、怪訝に思いながらも話しかけた。 「そこのあんた!今すぐ帰るなら格安で有り難いお札を付けてあげるわよ!!」 「す、すいません!あ、えと、お札はいりませんけど、トビウオを見つけたらすぐに出て行きます」 「遠慮しないで、とび…何て?」 「トビウオです。えっと、犬の名前です。盲導犬なんです。体が大きくて、性格は大人しくて、  おっちょこちょいで。私の大事なパートナーなんです。ここらでみかけませんでしたか?」 女は久遠の声と態度にうろたえながらも、自分の主張を懸命に訴える。 久遠はその女に対し少し好感を持った。小雨が降っていたので社務所まで案内したが、 彼女はついて来られなかった。久遠は盲導犬を知らず彼女が先天性の盲人であること に気付かなかった。 * 「ははぁ、あかりちゃん、っていうのか。いい名前だね」 「あの、ちゃん付けは、その…」 「それでトビウオって犬は、目の見えないあかりちゃんの生活を支えてくれてるわけだね」 「あ、はい。トビウオがいないと私は何もできなくて。その、ちゃん付けは…」 「うんうん。いいんだ。それ以上言わなくていい。あかりちゃんは若いのに苦労しているんだねぇー。  それに比べて妹は、ガサツで粗野で乱暴で人の話しも聞かず、薄幸な少女に向かって…ぐぶっ」 久遠の兄、博麗 一貫(はくれい かずたか)の台詞は、久遠の鋭い肘打ちによって遮られた。 一貫は脇腹を押さえながら、痛みに悶えている。 「さっきから嫌がっているでしょう。ごめんなさい。兄さんの女癖、被害者が出ない内に矯正するわ」 「それ、自分の無知を誤魔…がえっ」 顎を打たれ、一貫は沈黙した。 「あの、さっきから不気味な音が…」 「気にしないで。以前からダメな兄を更生させようと思っていたの。良い機会だから」 「はぁ」 迷い人は「跳海 あかり(とびうみ あかり)」と名乗った。 黒い髪、肌が白く、痩せていていても女性らしさを感じさせる体つき、小雨に濡れた姿に儚さがあった。 その姿に兄のスケベ心が反応したらしく、いきなり口説き始めた。むろん久遠の鉄拳による粛清が入ったのは別の話だ。 兄と相談し、条件付きで幻想郷での滞在を許可した。 一つ、滞在期間はトビウオが見つかるまでとする。 一つ、滞在先は博麗神社とするが、兄と二人きりになることを禁ずる。 一つ、決して夜には一人で行動しないと順守する。 一つ、帰る時に記憶を持って帰らないこととする。 本来は、他にもいくつかの決まり事はあるが、今回は四つで十分だと判断した。 四つ目について怪訝に思う者が多く、あかりも例外ではなかった。 「あの四つ目の意味が分からないのですが・・記憶を持ち帰らないって?」 「その時になったら解るわ。今は頭の片隅にでも入れておいて頂戴」 「はぁ…」 あかりは要領を得なかったが納得したフリをする。お世話になるのだから贅沢は言わない方がいい。 その様子を見て久遠は物分かりがいい娘だと気を良くした。 あかりは特別お喋りではなかったが、神社に滞在している間に様々な話をした。 大勢の人たちを腹に乗せて海を渡る鳥の話。 南の海に住む空を飛ぶ魚の話。 施設にいた頃の仲間の話。 あかりの話は奇々怪々で、久遠は幻想郷より幻想郷らしい外の世界に思いを馳せた。 二人で一緒に風呂に入り、同じ部屋で夜通し語り合うこともあった。 趣向の違いでケンカをし、心ない言葉でお互いの心を刳りあうこともあった。 心細い時はお互いの胸で慰めあい、兄の冗談で大口をあけて笑うこともあった。 心地よい日々が一か月ほど続いたが、とびうおの捜索に進展はなかった。 だから、あかりと兄が一緒に人里で暮らすと言い出した時、久遠は世界が氷ついたように感じた。 「ず、ずいぶん急ね。兄と人里で暮らすって…」 「ごめんね。ずっと話そうと思ってたんだけど、その、言い出せなくて…」 「すまない。ちゃんと考えてのことなんだ。彼女には面倒を見る人が必要で・・・」 ずいぶん長い時間が経ったようだったが二人の話はよく覚えていない。 ただ黙って頷いていたらいつの間にか日が暮れていた。 二人がじっとこちらを見ていたので、取り敢えず大切な友人とたった一人の家族のために涙を流し祝福した。 同時に心のどこかに黒い何かが芽生えた。本当に小さな取るに足らない何か… 二人は幸せそうに笑う。二人の幸せを心から願い、同時に冷めた目で二人を眺める自分がいた。 その自分が私に向かって囁く。 (お前の兄は役目を放り出して女を得たわ。お友達は大切なパートナーを捨てて男を得た。あなたはどう?) (私…?) (そう、二人は自分達だけの幸せに向かって行動している。あなたを捨てて幸せを掴んでいる。それに比べて、あなたは今まで何をしてきたの?) (私は…私は、みんなの幸せを願ってる…) (本当かしら?もっと醜いことを考えていない?非難しているわけじゃないのよ、  それは誰もが抱く感情、どうしようもないモノ。貴方が醜いわけじゃなく、醜いからこそ貴方なの) (やめてよ、気持ち悪い・・私は二人の幸せを心から願ってるだけ!) 博麗久遠は博麗の巫女としての人生を歩む道を自ら選び、また必然を受け入れた。 幻想郷の境界を司る妖怪「八雲 紫(やくも ゆかり)」は喜々としてそれを受け入れた。 「よろしくお願い致しますわ、新しい楽園の素敵な巫女さま。幻想郷はあなたを受け入れます。」 新しく楽園の巫女として認められた久遠は矛盾した感情の落とし所を求め、妖怪退治に精を出した。 小さな依頼も出来るだけこなし、依頼がなくても幻想郷中を飛び回った。 この頃の幻想郷は安定しており、大規模な異変を起こそうといった人外は少なかった。 久遠はたいした活躍をしていないが、陽気で暢気な人々の噂には尾ひれはひれがついて幻想郷中を流れた。 曰く、「博麗の巫女は数百匹の妖怪を相手に一人で立ちまわり全滅させた」 曰く、「博麗の巫女の正体は大昔に幻想郷を去った鬼である」 娯楽に植えていた人々や妖怪達は、小さな出来事を拡大させて吹聴した。時折、兄とあかりは神社を訪れ、耳にした久遠の噂を色々と教えてくれた。二人がうまくやっている様子を見て久遠は安心し、侮蔑した。 *

…… … 意識が浮上していく。 今、自分の意思とは無関係に覚醒しようとしている。多分、騒がしい所為だ。 もう少し眠っていたいのに、白沢が戻ってくるまでまどろんでいたい… 律儀な彼女のことだから寄り道もしなかったのだろう。もう少し休ませてくれればいいのに。そう思いながら久遠の意識は覚醒した。 仕方なしに目を開けると先ほどまで感じていた身体の怠さはずいぶん収まっていた。きっと薬が効いたのだろう。だるそうに横を向き久遠は露骨に嫌な顔をした。 視界に青い悪霊が入った。髪を肩の付近で整え、服装がいつもと違う雰囲気を演出しているが、ふてぶてしい顔と人外特有の違和感は間違いない。魅魔だ。 数日前に拝殿のそばで眠っていた幼子のふてぶてしい顔と比べてなんと憎らしいことか。数日前に神社の水屋に閉まっておいた和菓子をこの悪霊に奪われたことを思い出していた。 「日本において詫びに行く時はお菓子を持参するものよ。それも特別高価なヤツをね、悪霊さん」 「人の髪に呪いをかけるようなヤツは巫女というより魔女と名乗るべきよ、鬼巫女さん」 二人の様子を見て、魅魔の後ろにいた医者の小間使いらしき童がうろたえている。 「相変わらずこちらの文化に馴染んでないようね」 「倒れたって聞いたけど、皮肉を言えるくらいには元気そうね」 「へぇ、心配して来てくれたの。お菓子も持たずに?」 久遠はまだうろたえている小間使いに心配ないと手を振って伝える。童はまだ不安そうにしながらも部屋を後にした。 「ただの世間話さ、あんたの周りで面白い事が起こってるって話を聞いたものでね」

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